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628 :ななしのいるせいかつ:2009/04/21(火) 21:59:54
祖父の口癖
私は祖父母、両親、妹の6人家族の家庭で育った。
祖父は私が初孫だったこともあり、大変可愛がってくれた。
仕事の忙しい父の代わりに「お父さん」をしてくれたのも祖父だった。
そんな祖父の口癖は「○○(私)の小学校の入学式までは長生きしたいねぇ」
私が小学生になると「○○の中学校の入学式までは長生きしたいねぇ」
こういった具合に私の人生の節目に合わせて「長生きしたい」と言ってくれていた。
そんな祖父も私が高校生の時に脳梗塞を患い、入退院を繰り返すようになった。
退院し自宅に戻っても、足腰がおぼつかない祖父の入浴の手伝いは私の日課となった。
入浴中に話すのは「長生き」の話し。
「今までは運よく健康に恵まれ、○○の人生の節目に立ち会うことができたが、
そろそろお迎えが来る頃かも知れない。せめて○○の成人式を見たかった」
私は涙が流れるのを我慢しながら、やせ細り骨張った祖父の背中を流していた。
ベッドから起きあがる時間は短くなったが、祖父の病状も大きく悪化することなく
私の大学入学の報告もすることができた。
いつもの口癖通り、成人の報告もできるんじゃないか・・・そう考えていたある日
祖父の病状が悪化し始め入院となった。退院の見込みのない入院だった。
程なくして、万一の覚悟をしておくようにと医師からの説明があった。
既に本人の気力だけで命をつなぎ止めている状態とのことだった。
毎日、家族が交代で見舞いをした。残り少ない祖父との時間を慈しみあうように。
ある夜、祖父の容態が急変したと連絡を受け、病室に駆け込んだ。
だんだんと衰弱が始まり、息づかいもか細くなっていく。
家族親戚が集まり、祖父のベッドを囲む。
いつの間にか夜は明け、病室に朝日が差し込む。
眩しく、優しい光が祖父を包んだ時、大きく息を吐いて祖父は永眠した。
くしくも、この日は私の20歳の誕生日であった。
あれから7年、私は結婚し、2児を授かった。
2歳になる上の子は私の実家に行くと、祖父の仏壇に参る。
誰が教えたわけでもなく、私たちの真似をするうちに覚えたようだ。
仏壇の前で孫を抱きながら、父が言う。
「この子の小学校の入学式までは長生きしたいねぇ」
« 飲み会してて最後は二人になった l ホーム l あの男いい奴だな »
俺はずっと一人で生き、一人で死ぬしかない。
誰とも繋がらず。
比較重ねてどうすんだよ
おまえのはなしはきいていない
ひとりでおなってねてろ
年取ってからの脳梗塞って発病した時助かっても、五年が限度なんだぜ。
それで満足しているんだろ,お前は。
NO.49569
最善ではないけど現状では最良と思われる選択,みたいな意図で使う人いるよ,「モアベター」。
今回がそういう意味かどうかは知らんが,和製英語として稀に見るものではある。
ほんとに関わりをもたないんなら頼むからこんなとこでオナニーしないでくれ、汚らしい。
なんでこんなとこでわざわざそんな決意表明してんの?
要は誰かにかまってほしいんだろ?
一人腐るのは勝手だが親と繋がってんの大事にしろよ
良い話だね
構ってちゃんの典型
"一人で生きてる"ヤツなんて誰一人としていねーよ
そういう悲劇の主人公ぶるの不快だからやめてくれ
またはカウントダウン
ご先祖様すまん。
なんか知らんがフルボッコだなw
強く生きろよ
ttp://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%E2%A5%A2%A5%D9%A5%BF%A1%BC
誰とも繋がらないならここにも来るなよ。迷惑だ。
一人で生きて一人で死ねばいいじゃん。勝手にやってろ。
ここに来て繋がり求めてんじゃねーよ。