729 名前:名無しのオプ[sage] 投稿日:2009/08/24(月) 02:41:27 ID:7ma7Tw4H
衣擦れの音に女は目を覚ました。
いつの間にかベットの側に男が座っていた。眼差しがこの上なく優しい。
誘われるように女の口元にも笑みがこぼれる。半身を起こして男に手を差し出した。
男は何も言わずにその手を包み込む。
女は異常なまでに青白く、肌には張りも艶も無い。何より骨格が分かるほどに痩せている。
男に手を委ねたまま、女は窓の外に目を向けた。
「もうそろそろお別れね」
男の表情が厳しくなった。握った手に力をこめる。
「何を言ってるんだ」
女はうつむいて首を振った。
「私には分かるの」
男は唇を噛んでしばらく言葉を探していたが、やがてあきらめたようにうなだれた。
外では風が獣の鳴き声のような音を立てている。庭には細く小さな木が一本だけ生えているが、木の葉はもう数枚しか残っていない。
「あの木の葉が散ったら……あの木の葉が散ったら……きっと……」
「よさないか!」
男は女を抱き寄せた。
男の肩に顔を埋めたまま独り言のように続ける。
「世間じゃ不治の病ってさも怖ろしい事のように言うでしょ?
私はそうは思わないわ。結局は慣れの問題よね。ずっとそうだと怖くもなくなる」
そこで女はため息をついた。
「ただ……私はね、自分の大切な人と会えなくなると思うと……それだけが辛いの」
男は身体を離して女の目を見つめた。
「会えるさ」
「えっ」
男の目は誰よりも優しかった。
「神様のみもとでね。二人でずっと」
(続)
730 名前:名無しのオプ[] 投稿日:2009/08/24(月) 02:42:21 ID:7ma7Tw4H
(続)
幸福な沈黙が二人を包んだ。女はなおも口を開こうとして突如激しく咳き込んだ。
男は抱くように背中をさすってやり、枕元の薬とコップを手渡した。
「さあ、これを飲んで。今夜はもうお休み」
女は涙に濡れた目で男を見上げて大人しく頷いた。枕に頭を預けて目を閉じる。
男はそっと部屋を後にした。
夜半、建物を震わすような轟音が響いた。
慌てふためいたようにドアが押し開かれる。
しかし時は既に遅かった。
床にはピストルが転がり、血痕が飛び散っている。
テーブルには遺書が残されていた。
そこには相手への謝罪と、長年看病してくれた事への感謝の言葉、
自分では闘病の苦しさでもう諦めがついていた事などがつづられていた。
ハッと気付いてカーテンを開けると、外の木の葉も散ってしまっている。
手紙の最後には次のような文が残されていた。
「P.S 早く風邪を治して元気になれよ」
うなだれたまま、女は深いため息を吐き出した。